タイムフリーの功罪
午前1時。引っ越したばかりの部屋のベッドに寝転がる。
引っ越し業者のロゴ入りの段ボールが積み重なった部屋は、家具は所定の位置に配置されているもの、整理することを放棄された荷物たちがところどころに散乱している。
物は多いのに、その部屋は、空っぽだ。
新生活への不安、思い通りにいかない焦り、成長していない自分への嫌悪。
心に空いてしまった穴からしゅーっと空気が漏れ、しぼんでしまっている。一度空いてしまった穴は、なかなか塞がらない。
今日は水曜日、いや日付が変わったから木曜日か。そういえばいつも聞いているラジオは水曜日の深夜だった。すっかり忘れていた。今からでも遅くない。
ラジオ配信アプリを起動して、聞きたい番組を探す。便利なもので、放送中の番組でなくても、1週間以内に放送された番組ならいつでも聞くことができる。つまり、つい1時間ほど前に終了した番組が聞ける。つい1時間ほど前までみんなが"リアタイ"していた番組が聞ける。なんて便利なんだ。
イヤホンから聞こえ始めたあなたの声は、いつもと変わらないテンション。いつもと変わらない声。本当にいつもとなんら変わらない。だけど、今日は少し違ったように聞こえる。
いつも以上に、心に、体全身に、響き渡る。あなたが言葉を発する度に、その姿が思い浮かぶ。私の頭の中に、ラジオのブースで喋っているあなたが生きている。
この番組は生放送ではないから、所謂"リアタイ"をしても、DJがリスナーと同じ時間を共有しているわけではない。ましてや今私は"リアタイ"をせずに放送済みのラジオを聴いている。
私の頭の中に生きているあなたは、時空を超えて、さらに時空を超えて、やってきた。いや、逆かもしれない。私が、時空を超えて、さらに時空を超えて、あなたの元へ行ったのかもしれない。
そんな簡単に時空を超えられていいのだろうか。人はいつからそんな超能力者になったのか。そういえばつい先日、ブラックホールの写真が公開された。空想上の存在、とまではいかないが、その域に達するほど、ブラックホールの存在は現実味がなかった。しかし、その存在を証明する写真が公開された。未だ謎だらけの宇宙科学が新たなフェーズに突入したことを知らしめる1枚だった。いずれタイムリープについてもなんらかの一歩を踏み出していくのだろうか。いや、まあ、タイムフリーは別に時空超えてる訳ではないんだけどね。
リアルタイムで聞くと、たとえ録音されたものであっても、DJと同じ時間を共有している気になれる。リアルタイムで聞くからこその、ありがたみや重みがある。
こんなに書くと、タイムフリーアンチであるように思われるかもしれないが、タイムフリーには何度もお世話になっている。正直に言うと、リアルタイムで聞くよりもタイムフリー機能を使って聞くことの方が多い気がする。いつもお世話になってます。
しかし、これは私の悪い癖だが、期限付きとは言え、聞き逃してもいつでも聞くことができると、また今度時間ある時でいいやと思って、結局聞かずに終わるということがある。結構あった。
あると嬉しいけど、それでいいのか?とも思ってしまう。自分の意識を変えればいいだけの話かもしれないが。
いつもはただぼーっとラジオを聴いているが、今日はラジオを聴きながら、ごちゃごちゃと考えてしまった。あっという間に聴き始めてから30分経ち、その番組が終わった。最後の「バイバイ!」の声は、やはりいつもと変わらなかった。
いつもと違う部屋で聞くいつもと変わらないあなたの声。放送時間は過ぎていたけど聞けて良かった。でも、聞くんじゃなかったな。このまま寝たら明日の朝鏡見て絶望するんだろうな。でも今日はこのまま眠りたい。